牛が拓いた牧場
2009年5月1週号
限りなく自給率100%に近い草地放牧。
牛飼いの達人、斉藤晶さんの国内最高峰の牛乳です。
●まるで日本庭園のような牧場
春には桜やコブシが咲き、コゴミ、ヤマブキ、ヤマウド、ギョウジャニンニクなどの山菜の宝庫。夏にはエゾサンショウウオも住む渓流にホタルが飛び交います。秋には紅葉が美しく、キノコ、ヤマブドウ、コワク、クルミ、ホオズキなど自然の恵みがいっぱい。森にはカエル、バッタなど小動物たちが遊んでいます。芝生のように広がる草地は、草丈10cmに満たない牧草。
まるで美しい日本庭園のような風景ですが、ここは北海道旭川市にある斉藤晶さんの牧場。私が理想とする牧場がここにあります。牛や自然に任せて、斉藤さんがおよそ50年の歳月をかけて作り上げた宝石のような牧場です。もちろん、狂牛病、農薬、機械化などとは全く無縁の世界です。
●自然とともに生きる酪農
斉藤さんは戦後1947年に19歳で旭川開拓団に加わりましたが、あてがわれたのは、農業には一番条件の悪い笹薮だらけ、岩だらけの荒れ果てた石山でした。必死で開墾するも、畑の作物は植えたそばからネズミやウサギにさらわれてしまう。草取りは過酷な労働ですが、この草を利用できないものかと1953年に1頭の乳牛を購入しました。
やがてわずかな所持金も食うものも底を尽き、開墾に疲れ果てたある日、「鳥や昆虫はいつも悠々と暮らしている。なのにこんなにヘトヘトになるまで働いている自分が困っているのはなぜだろう」「そうだ、鳥や虫と同じように、自分も自然に溶け込めば金は儲からなくても生きていけるんじゃないか」と考えました。それで山の自然をそのまま活かす形で牛を飼うことを思いついたのです。山を征服するのではなく、共に生きる。答えは自然の中にあったのです。
まずは木を切り、作道を作る。そこに牧草の種を蒔き、牛を放してみました。刈っても刈っても手こずっていた笹も、牛は簡単に片付けてくれました。森も残し、岩もそのままに、日本庭園のような美しい牧場を、ブルドーザーではなく牛が拓いてくれたのです。
「山には全てのものが揃っていたのに、自分がそれに気付かなかっただけだと悟りました。農業とは自然に溶け込み、自然を学ぶ作業そのものです」と斉藤さんは語られます。
●期せずして山地酪農のお手本に
このような牧場作りが遊牧民族の伝統的農法であるスイスの蹄耕法だと斉藤さんが知ったのは、1965年に北海道へ草地造成指導に来日した、ニュージーランドのロックハート博士が斉藤牧場を訪れたときのことでした。ロックハート博士は「大変素晴らしい方法だ」と高く評価され、これがきっかけで日本の学者にその存在が知られるようになりました。
日本の山地を日本シバの草地にして、外国の飼料に頼らず酪農を営むという猶原恭爾博士が提唱した「山地酪農」のまさにお手本のような牧場なのです。しかも、猶原博士がこの提唱したとき、すでに斉藤さんはこの牧場を実現なさっていたのです。現在は多くの学者に注目され、世界からも注目されるようになっています。
労働の中心は三男の斉藤拓美さんです。全国から毎年大勢の研修生もやってきています。牧場内には化学物質過敏症の患者用住宅、山小屋、クリスチャンの教会まであります。これらは斉藤さんが建てたものではなく、斉藤さんやここの自然に魅せられた人々が建てたものです。
しかし残念なことに、これだけの牧場の牛乳が、長い間直接消費者に届けられることなく、ただの北海道産牛乳の一部としてホクレンに買い上げられ、他の牛乳にただ混ぜられていました。オルターとして、かねてこの斉藤晶さんの牛乳を何とか世に出したいと考えてきました。
斉藤牧場の自然放牧低温殺菌牛乳
●飼い方
旭川市の南西方、標高差150mもある山地に斉藤牧場があります。その広さ130ha。比較的平坦な土地は採草地に、斜面は放牧地に利用しています。
樹木は3割残しています。その森は山の保水に役立ち、夏は木陰になります。牛の飼育数は搾乳牛52頭、種雄牛2頭、初妊牛、育成牛など6頭の合計58頭。冬期は牛舎での飼育となりますが、雪のない時期は放牧しています。雄牛が守っていますので、熊も出てきた事がありません。牧場を囲う柵は木の枝で作った杭にバラ線を繋いでいるだけ。ストレスもなくゆったりと育つ牛は驚くほど穏やかで、逃げないようにする電気線は不要なのです。
お産は自然交配で、種牛は2年で交代させ、自然分娩で4~5産、搾乳期間は実に長く12年にも及びます。一般の牧場では1~2産で一腹搾りといって、1年で淘汰される場合があります。搾乳量は年間1頭あたり一般の8,000~10,000Lの半分以下の年間2,500~3,000L。何しろ自然まかせのため、1日当りの総搾乳量は冬200L/日~夏1000L/日と年変化があります。
●エサ
自然に草を食べさせ、ゆったりと搾乳しています。輸入の配合飼料をガンガン与えて沢山搾り取るというような無理はさせていません。草地にはケンタッキーブルーグラス、イタリアンライグラス、クローバー、オーチャード、チモシー、ペレニアルライグラス、メドーフェスクのマメ科、イネ科の7種の牧草の種を蒔いています。牧草の草丈は10cm以下で、あまり長くなると栄養分が劣り、クローバーなども根付かなくなります。
牧草地には化学肥料を使っていません。牛の糞が自然に循環しているだけです。その為、ここの牧草は濃厚飼料の170倍ものセルロース質を含有しています(酪農学園大調べ)。牧草の密度は通常の2倍近くもあり、一般には10年毎に必要とされる草地更新を一度もした事がありません。この安定した草地管理は、土地面積と牛の頭数のバランスが適切でないとできません。密度の高い草地はフワフワで、表土の流亡をしっかり防いでいます。表土を動かしていないから微生物が一杯いて、糞尿もすぐに分解され、牧場独特の臭いが全くありません。
但し、自治体から管理を委託されている採草地にはごく少量ですが化学肥料を使っています。これは採草して乾草にして冬期のエサとして利用しています。雪に閉ざされる冬期のエサは乾草とビートパルプだけ、とこれも大変シンプルです。配合飼料や濃厚飼料を一切与えていません。素晴らしい水準のエサの内容です。
●殺菌・ビン詰め
2004年7月に完成した自社牛乳プラントで殺菌・ビン詰めしています。このプラント立ち上げには、斉藤さんを応援している、中洞牧場の中洞さんのご協力がありました。
斉藤牧場の牛乳プラントは、清潔によく管理されています。500Lの受け入れタンクは、乳質を傷めない理想的な大きさです。殺菌は62~63℃30分の低温長時間殺菌法(LTLT法・パスチャライズ)です。ホモジナイズ処理をしていないノンホモジナイズ牛乳です。
ビン詰めは充てん機を使っていますが、打栓は1本1本丁寧な手仕事を加えながらの作業です。洗ビンは石鹸を使い、ビン殺菌には次亜塩素酸ソーダがビンに残留しないようになさっています。ビンはもちろん回収して使います。
―文責 西川栄郎(オルター代表)―