世界一厳しい栽培基準の「提携米」
無農薬米作りに取り組む大潟村の黒瀬正さんらは、水を守るため、ブナの植林にも取り組んでいます。
●「米を作るのは農民の基本的な権利や」
秋田県大潟村は農水省直轄事業として八郎潟の水を抜いた湖底の村です。有機物が堆積した土壌です。政府の呼びかけに全国から580戸の入植者が応募しました。ここの田んぼは表面20cmは固いが、その下は指1本で竿がすんなり入るほど柔らかい豆腐状の底無し沼になっていて、重たいトラクターがそのままぬかるみに沈んでしまうような、米以外には適した作物はほとんどない農地です。
その米しか穫れないような農地に借金して入植した農家に対し、1975年、政府は一転して減反政策を打ち出し「米を作るな」と言い出しました。これに反発した農家は、米を自力で直接消費者に届けること、つまりヤミ米を始めざるを得なくなったのです。すると秋田県警は機動隊で村を100日にわたって封鎖し、それを弾圧しました。県、農協も一体となった農家いじめが行なわれ、学校や結婚で子どもが厭がらせを受けるという有り様でした。
私たちとの出会いは1986年、東京で行われた消費者主催の減反やお米を考える集会ででした。そこで涙ながらに窮状を訴える農民の姿に、私たちを始め全国の消費者団体が立上がったのです。そして"減反に反対して「日本の水田を守る基金」を募り、その協力者へは生産者からお礼のお米を届ける"という、食管法の下での正当で合法な奇策を展開したのです。この活動が後に「提携米」の運動に発展し、当然、農薬や化学肥料をできるだけ使わない安心できる米作りにも力を入れるようになりました。
提携米の運動は、これに恐れをなした政府に特別栽培米制度を策定させました。又、大潟村のゴルフ場を止めさせる(ゴルフ場は農薬汚染が大きい)など、環境を守る取り組みにも繋がってきたのです。この活動は、更に認証時代を迎えて世界一厳しい栽培基準である「提携米栽培基準」の認定の中心的な役割を果たしました。
●自立農業を貫いて
ライスロッジの黒瀬正さんは、これら大潟村の運動の中心を担ってきた方です。黒瀬さんは滋賀県の典型的な米作農家の長男として育ち、滋賀県庁の職員として農政に携わった後、1975年、第5次入植組として大潟村に移り住みました。入植の動機は、①一度は「農業での自活は無理」と考えて公務員となったものの、やはり米作りがしたかった事②大潟村の荒野に魅せられた事③自ら農家の手本となり日本の農政を変えたい、という事でした。
「今の農民の態度は、オリの中に入って、もっと保護して欲しいと政府に頼っているようなもの。そうではなくてもっと自立すべき」「農家は明るく、楽しく、自己責任で」。これが黒瀬さんのモットーです。ライスロッジ(無料宿泊所)を設け、消費者との交流を図ったり、ブナの植林を通じ「農薬は水を汚す」という事を上流域の農民にもアピールされています。
ライスロッヂ大潟の無農薬米
●生産者…黒瀬正、山本平男、桑原 秀夫、鈴木隆二、桜木義忠、小野 康道、花塚昭、丹野敏彦、田口精 一、高野健吉、阿部淳、小林茂哉
大潟村には日本で一番大きいカントリーエレベーター(CE)があります。でも黒瀬さんたちは「まるで砂利や家畜の飼料を処理するように効率性ばかりを追求するだけで、お米は食べ物だという思想が全くないCEでは、地域のお米を全て混米するので、農家も自分が作ったお米を食べる事ができない。CEシステムは異常だ」「これでは安全性にこだわる道理もない」と、農水省や農協の指導を拒否して、乾燥や精米など全て自前で行っています。
黒瀬さんたちは消費者と提携を進めることで、自分たちで作ったものを自ら食し、販売も手掛けるシステムを作る中で「どんな米を作ろうか?無農薬栽培にしたら、味は?肥料は?」と田一枚ずつ確認をするようになり、病気や虫に負けない栽培、それには健康な稲を育てることだと気づきました。収量をねらって多肥や密植すると軟弱な稲になってしまうのです。目いっぱいの収量を得る化学肥料多用の有り様を排除して、8割収穫を目指した結果、9割近い収量を上げることができました。
●品種…アキタコマチ
提携米の栽培基準(自給、自立、安全、自然との共存、環境、創意工夫)に基づいています。有機質肥料を用いた無農薬栽培です。水は奥羽山系の馬場目岳からの水。
●肥料…元肥、うずらの鶏糞を主原料として放線菌による「ボカシ」、その他有機米米ヌカ、もみがら、魚粕、菜種油脂、骨粉など。追肥は原則として行わない。
●防除…八郎潟の気温や強い風の影響で病害虫の発生が格段に少ない地域性を生かした無農薬栽培です。いもち病予防に貝化石カルシウムや珪酸塩粉末。その他、木酢液、天然有機酸、土壌微生物、お酢、タバコ、防虫菊粉末を工夫して使う事もあります。
●除草…除草剤を使わない米作りで一番大事なことは、「草は生えてから取る」のではなくて、できるだけ生やさないように緻密な栽培管理を行う事です。その為には長くて丈夫な苗作り、二度以上の丁寧な代かき均平、深水管理、米ヌカヤ大豆粕の散布による有機酸の利用などです。その後生えた雑草は、早め早めの除草機かけの繰り返しと、稲刈りの最後まで手取り草取りを徹底して雑草の種を落とさないようにして、翌年の雑草を抑えます。
殺虫剤(空散も)、殺菌剤、成長を促進、また抑制する薬品、除草剤、化学肥料を一切使用していません。但し、全面積を無除草剤にする事は現状では人手が足りず困難なので、除草剤を一度だけ使った田圃の米は減農薬栽培との栽培区分表示をして出荷しています。
市販のお米の問題点
輸入米はポストハーベスト農薬の汚染があるので論外ですが、国内産の米でも(野菜や果物に比べるとまだましとはいえ)アトピーや化学物質過敏症の人には症状が出る事があります。兵庫県のある農協の米倉庫が空になったとき掃除をした職員が、その直後から発熱し、数日後に亡くなったことがありました。古米処理に使っていた臭化メチルが原因で、ホコリに吸着していた臭素化合物による事故だと考えられています。
国内でのお米の流通において、例えば「魚沼産コシヒカリ」の袋に他産地のお米を混ぜることがごく当然のように行なわれています。予め様々な銘柄を印刷した袋が自由に手に入るのです。ポストハーベスト農薬汚染のきついカリフォルニア産ジャポニカ種の米、カドミウム汚染米、ごみ焼却炉周辺のダイオキシン汚染米、古米もどこで混米されているかわかったものではありません。更に今、遺伝子組み換え技術も米を狙っているのです。農家と直接取引する以外には、まずまともなお米が食べられない状態です。
最近スーパーなどで、実際はごく普通に農薬・化学肥料を使った「慣行栽培レベル」の米が「特別栽培米」として売られています。そのカラクリは、そもそも農協の防除指針では何回も必要以上に農薬をかけるようになっているのに対し、農家の実態が昔のように農薬をかけなくなり、4回程度で済ませるからです。すなわち、防除指針の半分以下だから特別栽培だ、という訳です。中には古米までブレンドしている粗悪な"特別栽培米"まであります。
高い価格で売られている胚芽米にも用心が必要です。無農薬でなければ胚芽には農薬が残留しやすいのです。又、胚芽米は開封後数日で酸化する為、胚芽を食べたい人は家庭用精米機で分つき米を利用されたほうが安くて安全です。
秋田県の標準的な水稲防除体系
~市販のお米は、こんなに農薬が使われている~
①育苗床土●苗立ち枯れ病…タチガレンエース粉剤●カビ…ダ コレート水和剤、ダコニール
②種蒔き●苗立ち枯れ病…タチガレンエース液剤(1~4回)
③本田準備●除草…ラウンドアップ液剤、プリグロックス、パスタ 液剤
④育苗●カビ…ダコレート、ダコニール、イネミズゾウムシ●ドロ オイムシ…オンコル粒剤、バダン粒剤、アドマイヤー粒剤、プリ ンス粒剤(3回程度)
⑤代かき●除草…ソルネット粒剤、エリジャン乳剤
⑥田植え後●除草…クサメッツ、カルショット、ザーク、ウルフエー ス、ホクト、スバーA、パピカA、ネビロス、ジョイスター
⑦栄養成長期●イネミズゾウムシ、ドロオイムシ、ハモグリバユ… シクロサール粒剤、トレボン粒剤、バダン粒剤、アッパー粉剤、サ ンサイド粒剤(3回程度)●イモチ病…ビーム粉剤、ブラシン粉 剤、カスラプサイド粉剤
⑧生殖成長期●倒伏防止…セリタード粒剤、ロミカ粒剤、ビビフル 粉剤●イモチ病…オリゼメート粒剤●紋枯れ病…バリダシン粉 剤、モンセレン粉剤●ニカメイチュ…スミチオン粉剤、バイジッ ト粉剤●イネカメムシ、イナゴ…トレボン粉剤、ミスタージョー カー粉剤●イモチ病…ビーム粉剤、ブラシン粉剤、カスラプサイ ド粉剤(2回)
⑨収穫期●稲こうじ病…Zボルドー粉剤●ウンカ…バッサ粉剤、ト レボン粉剤
―文責 西川栄郎(オルター代表)―