無農薬の新米だけを原料とする富士酢

2006年2月3週号

 酢造メーカー自らが千枚田を守りながら無農薬米を栽培し、もろみを醸し、酢を造る。料理のプロが絶賛する、古式醸造の富士酢です。

 天橋立で名高い丹後の宮津市にある飯尾醸造は、創業明治26年、当主の飯尾毅さんで四代目です。飯尾醸造の「富士酢」は、「美味しんぼ第66巻」(原作:雁屋哲・小学館)や「どっちの料理ショー」(日本テレビ)を始め、さまざまなメディアで紹介されてきましたので、すでにご存じの方も多いと思います。
 私との出会いは約30年前、三代目の飯尾輝之助さんと、神戸市で開催された「農を活かし食品公害を追放する西日本連絡会」で出会って以来のお付き合いです。
 飯尾醸造では、無農薬の新米から酒を造り、現在では全く珍しくなった昔ながらの静置発酵でお酢を造っています。酢の原料として無農薬米を使い始めたのは1964年。当時使われ始めていたDDTやエンドリンなどの農薬をまいて赤い布が立てられた田んぼから、メダカ、ドジョウ、ザリガニなどが姿を消していくのを見た三代目が、「きっと人にも有害だ」と感じられたからでした。農薬が社会問題となる10年も前のことです。
 無農薬の米作りは地元の丹後半島山あいの上流域の千枚田で、四代目の母方の里(竹本さん)が中心となって、当初27戸(現在24戸)の生産者で取り組んでいらっしゃいます。
 除草は、鳥取大学農学部の津野幸人先生の紙マルチのほか、再生紙マルチ、液体マルチ、再生紙直播マルチ、カブトエビの利用など次々に新しい除草技術にも取り組んでいます。 
 苦労なさっているのは作り手の老齢化で、飯尾醸造の社員が田植機の運転をしたり、田んぼの仕事を手伝うことが年々多くなっています。
 「小さなお酢屋でいい、自分の良心に照らして恥じないお酢を造りたい」と語る四代目・飯尾毅さんの飯尾醸造は、今や本物の酢作りをする地場産業のホープというだけではなく、お米作りを通して老齢化問題や過疎問題にがっぷりと取り組むことで、地元の千枚田の環境も守っています。さらに、文化活動への造詣も深く、文化拠点としての役割を果たし、地元にとってもますますなくてはならない企業へと進化されています。

飯尾醸造の富士酢
 富士酢はその年の新米、しかも無農薬米だけを、1リットル当たりたっぷり200g(JAS規格の5倍)も使っています。他の米酢と比べてアミノ酸が多く、酢酸以外の有機酸が多いので、薄めても伸びがいいのは当然です。
 造り方も、自家蔵で杜氏による本格的な酒造りをし、その酒を1年がかりで酢へ静置発酵・熟成させるという古式醸造です。じっくり熟成しているので、ツンツンする揮発成分が少なく、まろやかな深い香りの不揮発成分が多く、料理のプロも絶賛するまろやかで深いコクと旨味があります。ばら寿司にした場合、一般の酢は翌日成分が蒸発して気が抜けてしまいますが、富士酢はむしろおいしくなります。

●原料
無農薬米…コシヒカリ6割と五百万石(酒米)4割。契約栽培農家24戸が栽培。飯尾醸造自らも栽培。
麹菌…菱六 酵母菌…(財)日本醸造協会
●製造工程
 お酢造りの工程は一言で言うとまず純米酒を作り、それを米酢にするわけです。飯尾さんのところでは、酢元もろみという酒までに約50日、その純米酒を表面発酵法(静置発酵法)でお酢にするのに3~4カ月、そして8カ月以上熟成するので、仕込みから完成まで1年1カ月以上かけています。そのひとつひとつの工程に熟練した職人の手と勘が必要です。
 大手メーカーの速醸法の米酢は「ツーン」と刺激臭があり、こくがありません。それに対し富士酢は、乳酸、リンゴ酸、コハク酸など不揮発酸が多くでき、その分まろやかでこくがあるのです。独特の豊醇なムレ香(発酵臭独特の香り)が苦手な人もいますが、これが本物のお酢。市場の大半を占める大手の量産酢は味もクセもないものです。酢っぱければ酢と思い込んでいる人、本来お酢は酸っぱいだけでなく、おいしいものなのです。

第一段階「純米酒を造る」
●1.麹作り
 ①無農薬米を精白
 ②洗米機で洗う
 ③水に浸漬
 ④水切り
 ⑤蒸米(約40分)
 ⑥蒸し上がった米を冷やし、麹菌をつける。麹室で約45時間。いい麹を作るのが、いい酒、いい酢の最大のポイント。

●2.酒母作り
 650リットル位の小さなタンクに、水、麹、酒造用酵母を加え、更に蒸米を加えて仕込む。20℃~7℃の間で2週間。

●3.酢もともろみの仕込み
 7000リットルの大タンクに酒母、水、麹、蒸 米を投入。
一度に全量ではなく、別の日に3回に分けて投入。「初添え」「仲添え」「留添え」と呼ぶ。
留添えから約25日でアルコール発酵が終わります。次に四段と呼ぶ麹から作った甘酒を入れます。その翌日に酢を加え(不可飲処理)酒と酒粕に分けます。
 ここまでは酒屋と基本的に同じ工程です。ただし酒作りとは異なり、アミノ酸含有量が多い酒の方がお酢に向いているということです。

第二段階「米酢の仕込み」
 タンクに種酢、酢もともろみ、水を入れ、40℃で温めます。発酵中の別のタンクから酢酸菌膜を取ってきて表面に浮かべると、2~3日後に液の表面は酢酸菌に被われ、酢酸発酵が始まります。加温や空気を入れない静置発酵(表面発酵)です。
 この酸膜菌は飯尾醸造の蔵に100年以上前から棲みつく伝家の菌。この菌がもつ個性が「富士酢」の個性となります。夏は3~4カ月、冬は2~3カ月で、酢元もろみのアルコール分が酢に変わります。
 発酵が終わると、次の種酢にタンクの1/3を残し、熟成タンクに移し替えます。
熟成タンクの酢は1ヶ月に一度、タンクの移し替え(オリ引き)をします。8回以上の移し替えで空気に触れさせることによって、よりまろやかな風味に仕上がるのです。熟成期間は平均10カ月、最短で8カ月です。
 熟成が終了した酢をセラミック製の筒でろ過し、70℃10分殺菌し、瓶詰めします。

一般市販の米酢の問題点
 神前に供えた酒を盗み飲みしたら酸っぱくなっていた…これが酢発見の最初といわれています。しかし今の酢はまともなお酒から造っていません。合成氷酢酸(石油化学工業の合成アルコールから作った合成酢酸)に人工甘味料、アミノ酸、食塩などを入れた合成酢(市場の約0.6%)は論外としても、市販の米酢には様々な問題があります。
 かつてはお酢の原料として、石油、カーバイド、パルプ廃液、氷酢酸、酢酸なども使われていました。現在でも醸造酢の原料には、輸入の小麦、トウモロコシ、じゃがいもなどのでんぷん分やその他の工場の廃棄物から、果てはさとうきびの廃糖蜜まで使われています。要するにエチルアルコールが作れるものなら何でも酢の原料になるということです。ディスカウントの安い紙パックのお酒の正体が、これら醸造用アルコールです。これだけではお酢にならないので、カリウム、マグネシウム、酵母エキスも添加されるなど原料コストは限りなく安いものです。
 米だけを原料としている米酢だからといっても安心できません。一般には米酢の原料米は、くず米(米の1/15の値段)や他用途米(古米や古古米)。カドミウム汚染米や輸入米(ポストハーベスト農薬)など安い米は何でも加工にまわされてきました。さらには米糠や白糠(吟醸酒造りで40%精米を行うときに出る糠)もお酢の原料にまわっています。富士酢のような無農薬米どころか、まともな米が原料になっていないのです。
 また、JAS規格が法律に定めた「米酢」と表示できる基準は、酢1リットルあたり米40g以上です。しかし、米だけで酢を造るには、最低120gは必要なのです。その不足分はさまざまな混ぜ物です。上記のような副原料使用にからくりがあります。こうして伸びの悪いこくのない米酢が、いかにも上等なお酢の顔をして店頭に並んでいるのです。
 醸造方法も、大手メーカーでは温度をかけ空気を入れる速醸法(全面発酵法)で2~3日で造り上げています。良心的なところでも1カ月前後がほとんど。速醸法だと短時間に設備を有効利用して大量生産が可能ですが、酢酸主体の揮発成分が多いツーンとくるお酢になってしまっています
 更に市販のお酢には発酵栄養物、化学調味料、酸味料(クエン酸)、色素(カラメル)、核酸、砂糖、水飴、糖類などが補われています。

           ー文責 西川栄郎ー

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