奥出雲生まれ、ちょっとお洒落なナチュラルチーズ
2006年8月3週号
健康に配慮して育てた牛の原乳から、食品添加物を使わずに作った本格的なナチュラルチーズです。
●酪農を核とした有機農業への思い
中山間地特有の急峻な山々に囲まれた奥出雲地方では、非効率的な農業が営まれています。土地はやせた花崗岩の崩壊土ですが、幸いにもミネラル分の多い地層であるため、水の成分には恵まれています。
木次(きすき)乳業の創業者・佐藤忠吉さんたちが、農作物を作るかたわら複合経営で酪農を始めたのは、昭和30年代です。養蚕、炭焼きに代わる新しい産業を興そうと、牛乳の原料生産から加工処理までを手がけ、「木次牛乳」の名で販売を始めました。
ところが1960年代、水田のあぜ草を与えて育てた牛が次々と病気にかかりました。農薬を使用する稲作が普及したのが原因でした。佐藤さんらは、農薬汚染のない野草を主体とする飼育に切り替えるアドバイスを行い、牛たちの健康を取り戻しました。
この出来事をきっかけに、木次乳業は「農業とは何か、食べものとは何か」を改めて見つめ直し、「何事も自然体が良い」との考え方から、酪農を核とした「有機農業」を実践するようになりました。
●日本初の「パスチャライズ牛乳」を実現
1975年、木次乳業は「パスチャライズ牛乳」開発に着手しました。そのきっかけは、私たちよつ葉牛乳の共同購入団体が取り組んでいたロングライフ(LL)ミルク反対、パスチャライズ牛乳実現の運動に触発されたことでした。
1978年、木次乳業は日本で初めて本格的に「パスチャライズ牛乳」を実現。この先駆的な実践は、日本のパスチャライズ牛乳の普及にとって大きな一歩だったと感謝しています。
私たちが要求していたパスチャライズ牛乳は、欧米ではすでに常識であった「牛乳の天然性の良さを損なうことなく、病原性微生物の危険性を最小にすること」を目的としたもので、63℃30分あるいは72℃15秒の熱処理を行うものです。このパスチャライズの概念を私たちに伝えてくださったのが、故・藤江才介先生(元雪印乳業のチーズの専門家)でした。
●良質の原料乳を生かすナチュラルチーズ作り
藤江先生はナチュラルチーズ作りの立場から、牛乳の天然性の情報の重要性に気付いておられた方です。日本では乳業が練乳から出発したことから、農学部の教授をはじめほとんどの関係者が加熱の影響に無関心でした。牛乳によって劣悪な技術である超高温滅菌(UHT)を放置してきた原因は、ここにあります。
木次乳業ではこの藤江先生を招いてパスチャライズ牛乳の実現を果たし、またそのチーズ作りの指導を受けて、1982年、当時まだ珍しかった本格的なナチュラルチーズ作りも始めました。
ナチュラルチーズは、牛乳の味をコンパクトに反映し、しかも保存性に優れた食品です。木次乳業では、酪農業の発展を願い、木次の酪農家たちと共にナチュラルチーズ作りに取り組んだのです。
木次乳業のナチュラルチーズ
●原料
◎原料乳
・生産者…願永牧場・願永伸(成牛35頭、育成牛12頭)、高尾牧場・高尾治美(成牛25頭、育成牛10頭)、花籠牧場・花籠弘幸(成牛32頭、育成牛15頭)
・乳牛の品種…ジャージー種、ホルスタイン種
・主な餌…濃厚飼料を多給せず(一般の1/3程度)、その代わりに木次乳業オリジナルの繊維質豊富な木次ファイバーMIX(ポストハーベストフリー(PHF)・非遺伝子組み換え(NON-GMO)・トウモロコシなど一部は国産、ビートパルプなど)を与える。粗飼料中心の給与体系で、できるだけ自給を心掛けている。粗飼料は購入の草(フェスキュー、チモシー、ルーサン、オーツヘイ、フェイスクなど)。補填としてカヤ(ススキなど)、田畑の畦草、稲わらなどを主体に、購入飼料でまかなう。栄養補給のための添加物(炭酸カルシウム、岩塩、ミネラル、アミノ酸、ビタミンなど)の使用あり。子牛の代用乳に血漿タンパクを使用しない。
・飼い方…舎飼い。自由に出入りできる運動場を併設。育成牛は町営牧場で放牧。
◎乳酸菌ノ乳酸菌を培養した発酵乳。
◎レンネット(チーズを凝固させるための酵素)…カビ(Mucor miehei)から生産した凝乳酵素抽出物。フランス製。
◎黒胡椒ノブラックペッパー粗挽き(マレーシア産)。食品添加物一切使用せず。
◎白ワックス、赤ワックス…Paramelt社製。
●製造工程
「イズモ・ラ・ルージュ」
①生乳②熱処理③乳酸菌添加④レンネット添加⑤カッティング⑥ホエー除去⑦加温・撹拌⑧型詰め⑨プレス⑩型出し⑪加塩⑫乾燥⑬ワックスコート⑭熟成
「黒胡椒ゴーダチーズ」
イズモ・ラ・ルージュの製造工程⑦と⑧の間に、「ホエー除去」と「コショウ添加」が入る。
「プロボローネチーズ」
①~⑦はイズモ・ラ・ルージュと同じ。⑧マッティング⑨カードをこねる⑩型詰め⑪加温⑫乾燥⑬薫製⑭ワックスコート⑮熟成
「カマンベール・イズモ」
①~⑥はイズモ・ラ・ルージュと同じ。⑦型詰め⑧反転⑨加温⑩白カビ塗布⑪熟成
「ナチュラルスナッカー」
①~⑨はプロボローネチーズと同じ。⑩加塩⑪乾燥⑫薫製
●特徴
「イズモ・ラ・ルージュ」
赤いワックスをコートしたセミハードタイプのミニゴーダチーズです。熟成期間によって微妙に味の変化が楽しめます。辛口ワイン、ロゼワインによく合います。熱をかけると糸を引くように伸びます。グラタンやピザに。
「黒胡椒ゴーダチーズ」
粗挽き黒胡椒味のミニゴーダチーズ。
「プロボローネチーズ」
熱をかけると糸のように伸びるパスタフィラータタイプの硬質チーズです。じっくり薫製してあり、非常になじみやすい風味で、独特のモチモチした食感があります。ワイン、日本酒によく合い、グラタン料理にも向きます。
「カマンベール・イズモ」
白カビタイプのソフトチーズ。1791年フランスのヴィムーチェ村で初めて作られたクリーミーなチーズ。製品後の熱処理をしていませんので熟成期間が短く、急速に風味が変化します。届いて1ヶ月程度で食べるのが目安です。それ以降は過熟して刺激的な風味となる場合があります。 バターを厚く塗ったパンにのせたり、酸味のある果物と一緒に召し上がるといいと思います。冷凍保存可能ですが、解凍は冷蔵庫でゆっくり行ってください。
「ナチュラルスナッカー」
さいて食べるナチュラルチーズです。遊びの要素を含み、くせのないあっさりとした風味ですので、子どものおやつや料理にも使えます。
●市販のチーズの問題点●
日本人が「これがチーズだ」と思って食べているもののほとんどは、ナチュラルチーズではなく、添加物だらけのプロセスチーズです。プロセスチーズはナチュラルチーズを粉砕し、乳化剤、香辛料、調味料、増量剤(脱脂粉乳)などを添加し、加熱融解して型に流して作るいわば「リサイクル・チーズ」です。安いことを目的に作られているため、その原料は当然安い外国産の乳製品が使われ、チェルノブイリの放射能汚染も心配です。
ナチュラルチーズであっても、それだけでは安心できません。製造工程上、発酵調整剤などの食品添加物使用の問題があり、さらにヨーロッパ産ナチュラルチーズにはチェルノブイリ放射能汚染の問題があります。牛乳・乳製品はとくに放射性物質が蓄積されやすく、高濃度の汚染が検出されたことがあります。
また、ナチュラルチーズの凝乳に使うレンネット酵素はもともとは子牛の第4胃から抽出したレンニン酵素なので、狂牛病の心配があります。微生物から抽出しているレンネット酵素の中には、遺伝子組み換えをしているものがあります。
ー文責 西川栄郎ー