三輪素麺の伝統に創意工夫を加えた「几帳麺」きちょうめん
2005年6月3週号
素麺発祥の地・奈良県三輪の里で国産の吟醸小麦粉を使って作り上げる「几帳麺」吉野本葛が、ツヤとなめらかさを与えています
大和の国・三輪の里は、奈良県桜井市の長谷寺の麓にあります。素麺作りに適した気象条件と山から吹き下ろす風、長谷川の作りだすマイナスイオンの空気にも恵まれて、三輪素麺作りは代々受け継がれてきました。三輪山勝は文化元年(1804年)、初代与八さんが農閑期の副業として素麺作りを始めたと伝えられます。山下勝山さんは六代目。創業200年の伝統をもつ山下家に生まれ、父や兄の指導のもと、三輪素麺1300年の伝統と技を守り続けています。
有名産地になると、その伝統にあぐらをかくようなことがありがちです。しかし山下さんはそのような現状に甘んじることなく、あくまで素麺の味に頑固なまでにこだわり続けておられます。
おいしい素麺とは・・・
素麺のおいしさは人によって評価が異なります。いったいおいしい素麺とは何かと苦悩していたとき、ある人から「素材の味が活かされているものがおいしい」といわれ、目の前が開けたと語る六代目。「素麺の味は素材が七分、技術が三分。それなら素材に徹底的にこだわろう」。
原料にこだわり、独自の技術で仕上げた創作手延べ麺「几帳麺」には、国産小麦粉の芯だけ(吟醸小麦粉)を使用。その甘さを活かすにはグルテンの少ない薄力粉が一番と考えておられます。一般の素麺は中力粉で作られているので、薄力粉を使うのは際だった特徴です。
薄力粉から素麺を作る技術は簡単なことではありません。150以上の層にしてコシを出す技、熟成の頃合い、活性水や吉野葛の使用など独自の工夫が生きています。
特に素麺につきものの油の酸化を嫌い、酸化しにくい国産菜種圧搾一番搾りを最小限に使うにとどめています。
オルタースタッフが試食した「几帳麺」は、やわらかいのにコシがあり、つるつるとなめらかな歯ごたえ。素麺をある意味超えて、麺に独特の甘みが漂うのに驚きました。
「おいしいこと、安心安全なこと、適正価格であること」を信念に、原料にこだわり、手間暇を惜しまず、鍛錬を重ねた創作技術で作られる「几帳麺」は、これからまだまだ進化していくに違いありません。
「几帳麺」
大変よく設備の整った工場で、機械でできることは機械に任せ、熟成など手技を活かさなければいけない工程は頑なに手間を惜しまず守っています。
●原料
■国産小麦…九州産「チクゴイズミ(薄力粉)」と、北海道産「ホクシン(中力粉)」および滋賀産「農林61号(薄力粉)」。
中力粉であるホクシンの配合量は最少にし、グルテンの少ない、甘くておいしい芯だけの吟醸小麦粉の薄力粉を主体にしています(国産小麦の作況が不安定な為、事情によって異なることがあります)。
■塩…赤穂の天塩
(カタログ2000年4月4週号参照)
■油…国産圧搾一番搾り菜種油
■吉野本葛
(100%国内産とは確認できておりません)
■水…中国産麦飯石を入れて一昼夜活性水化した、弱酸性の練り水を使っています。
●製造工程
①こね作業…薄力粉、吉野本葛、水、塩を合わせる。
厳寒時期(12月~3月)、早朝に麺の仕込み開始。その日の室温と外気温、水温から麺作りの全てを想定します。山下さんの永年の経験と技が冴える一瞬です。
一定の品質を保つためには、自然を相手にし天気を読むという熟練した手延べ師ならではの高度な技術が必要です。一番神経を使うところです。
混合→こね機→足踏み、と作業します。
②イタギ…練った固まりを刃物で渦巻状に切って太麺状にします。
③麺圧作業…脚ふみと圧延機で、ゆっくりこねます。グルテンの少ない薄力粉を細く延ばしていくために、何度も繰り返して150以上の層にして麺を育て、コシを作ります。
④自動巻き…太麺から細麺へ、細分作業を行います。独自の製法で寒晒葛粉を圧着し、さらに菜種油を塗り付け、麺棒にヨリをかけて強い麺に仕上げます。
⑤掛け巻…機械を使って麺にヨリをかけ、2本の棒に8の字に掛けていきます。
⑥掛け場…掛け巻した麺を木箱で作った室(むろ)の中へ寝かします。
⑦熟成
⑧こびき…熟成の加減をみながら機械を使い60cmぐらいに引き延ばします。
⑨熟成…再び箱に入れて、風があたらないようにして翌朝まで熟成します。
⑩ふくら出し…一昼夜(12時間)寝かせ、2日目の早朝に2mほどに延ばします。
⑪延ばし…箸分け作業で延ばしていきます。
⑫乾燥・熟成…清浄な空気を冷風で送って6~7時間乾燥します。ほこりなどを避けるため室内干しにしています。
⑬こわり…棒をはずし、19cmに短くカットします。
⑭ジャブリ…表面についた葛を機械でふるって取ります。
⑮選別・結束・計量・包装
●市販の素麺の問題点
「素麺は古くなったひねものがおいしい」という俗説がありますが、穀物が原料である以上は、素麺も基本は作りたてがおいしいのです。ひねものは油が酸化していて異臭がしますし、ただ固くなっているだけでコシが強いと勘違いする人がいたのです。近年では乾燥技術の発達で年中製造されていますが、それらも新しいうちに食べる方が小麦粉の香りや風味があっておいしいはずです。
市販の素麺は、まず原料段階でポストハーベスト農薬のある輸入小麦が使われています。油は遺伝子組み換えのある綿実油、塩も精製塩。これでは小麦の風味と香りのある素麺が作れるわけがありません。だから外見は白く美しくみえる素麺でもおいしくないのです。
手延べだと365日条件が違っています。これを麺の状態を見つめながら製造するのが技なのです。塩加減や熟成時間が工夫されていますし、水分を程よく残すなど手間がかけられています。
コンピューター化が進んでいるメーカーでは、季節に関係なく塩加減・熟成時間も一定です。麺帯を重ねることもなく、いっぺんに細くしていくので、コシのよい素麺ができるわけもなく、モチャモチャでくっついてしまうまずい素麺になっていることがあります。
乾燥工程でも天日などではなく、室内で温風などを使って水分を抜くので、熟成が十分ではないし、加熱によってデンプンが糊化するためにおいしくなくなってしまいます。
また、暖かい地方では麺の熟成期間が短く、安価にはなりますが、おいしい素麺は作りにくいのです。素麺は手抜きすればするほど味が落ちる品物です。いくら有名なブランドでも、おいしくなければ消費者の素麺離れを起こしてしまいます。そのような素麺が産地を偽って出荷された事件がありましたが、そのようなことでは伝統をけがすことになってしまいます。
ー文責 西川栄郎ー