牛が拓いた牧場 牛飼いの達人斎藤晶さん
2004年10月4週号
春には桜やコブシが咲き、コゴミ、ヤマブキ、ヤマウド、行者ニンニクなどの山菜の宝庫。夏にはエゾサンショウウオも住む渓流にホタルが飛び交います。秋には紅葉が美しく、キノコ、ヤマブドウ、コワク、クルミ、ホオズキなど自然の恵みがいっぱい。森にはカエル、バッタなど小動物たちが遊んでいます。芝生のように広がる草地は、草丈10cmに満たない牧草。まるで美しい日本庭園のような風景ですが、ここは北海道旭川市にある斎藤晶さんの牧場。私が理想とする牧場がここにあります。牛や自然に任せて、斎藤さんがおよそ50年の歳月をかけて作り上げた宝石のような牧場です。
もちろん、狂牛病、農薬、化学肥料、機械化などとは全く無縁の世界。
戦後1947年に19歳で旭川開拓団に加わり、あてがわれたのは、農業には1番条件の悪い、笹薮だらけ、岩だらけの荒れ果てた石山でした。必死で開墾するも、畑の作物は、植えたそばからネズミやウサギにさらわれてしまう。草取りは過酷な労働ですが、この草を利用できないものかと、1953年に1頭の乳牛を購入しました。
やがてわずかな所持金も、食うものも底を尽き、開墾に疲れ果てたある日、「鳥や昆虫はいつも悠々と暮らしている。なのにこんなにヘトヘトになるまで働いている自分が困っているのはなぜだろう」、「そうだ、鳥や虫と同じように、自分も自然に溶け込めば金は儲からなくても生きていけるんじゃないか。それで山の自然をそのまま活かす形で牛を飼うことを思いついたんです」と、山を征服するのではなく、共に生きることに気付く。
答えは自然の中にあったのです。まずは木を切り、作道を作る。そこに牧草の種を蒔き、牛を放してみた。刈っても刈ってもてこずっていた笹も、牛は簡単に片付けてくれた。森も残し、岩もそのままに、日本庭園のような美しい牧場を、ブルドーザーではなく、牛が拓いてくれたのです。「山にはすべてのものが揃っていたのに、自分がそれに気付かなかっただけだと悟る。農業とは自然に溶け込み、自然を学ぶ作業そのものです」と斎藤さんは語られます。
このような牧場作りが遊牧民族の伝統的農法であるスイスの蹄耕法だと斎藤さんが知ったのは、1965年に北海道へ草地造成指導に来日した、ニュージーランドのロックハート博士が斎藤牧場を訪れたときのことでした。ロックハート博士は「大変素晴らしい方法だ」と高く評価され、これがきっかけで日本の学者にその存在が知られるようになりました。
日本の山地を日本シバの草地にして、外国の飼料に頼らず酪農を営むという猶原恭爾博士が提唱なさった「山地酪農」のまさにお手本のような牧場なのです。しかも、猶原博士がこの提唱をなさったとき、すでに斎藤さんはこの牧場を実現なさっていたのです。現在は多くの学者に注目され、世界からも注目されるようになっています。
しかし、悲しいことにこれだけの牧場の牛乳が、直接消費者に届けられることなく、ただの北海道産牛乳の一部としてホクレンに買い上げられ、他の牛乳にただ混ぜられているのです。オルターとして、この斎藤晶さんの牛乳を何とか世に出したいと考えてきました。
旭川市の西方にある、標高差150mもある山地に斎藤牧場があります。その広さ130ha。比較的平坦な土地は採草地に、斜面は放牧地に利用しています。
樹木は3割残しています。その森は、山の保水に役立ち、夏は木陰になります。牛の飼育数は搾乳牛70頭、種雄牛2頭、初妊牛、育成牛など58頭の合計130頭、冬期は牛舎での飼育となりますが、雪のない時期は放牧しています。雄牛が守っていますので、熊も出てきたことがありません。搾乳量は年間1頭あたり一般の8,000~10,000Lの半分以下の年間4,300L。何しろ自然まかせのため、1日当りの総搾乳量は冬200L/日~夏1000L/日と年変化があります。
輸入の配合飼料をガンガン与えて、たくさん搾り取るというような無理はさせず、自然に草を食べさせ、ゆったりと搾乳しています。お産は自然交配で、種牛は2年で交代させ、自然分娩で4~5産、搾乳期間は実に長く、12年にも及びます。一般には1~2産で一腹搾りといって、1年で淘汰される場合があります。
牧場を囲う柵は木の枝で作った杭にバラ線をつないでいるだけ。ストレスもなくゆったりとと育つ牛は、驚くほど穏やかで、逃げないようにする電気線は不要なのです。
草地にはケンタッキーブルーグラス、イタリアンライグラス、クローバー、オーチャード、チモシー、ペレニアルライグラス、メドーフェスクのマメ科、イネ科の7種の牧草の種を蒔いています。牧草の草丈は10cm以下で、あまり長くなると栄養分が劣り、クローバーなども根付かなくなります。
ここの牧草は濃厚飼料の170倍ものセルロース質を含有しています(酪農学園大調べ)。牧草の密度は通常の2倍近くもあり、一般には10年ごとに必要とされる草地更新を1度もしたことがありません。この安定した草地管理は、土地面積と牛の頭数のバランスが適切でないとできません。密度の高い草地はフワフワで、表土の流亡をしっかり防いでいます。表土を動かしていないから微生物がいっぱいいて、糞尿もすぐに分解され、牧場独特の臭いが全くありません。
まだ少量の配合飼料や国産ビートパルプ、ふすまを給餌しています。これを国産のくず小麦、くず大豆などに徐々に切替えていただいているところです。冬期のエサは、乾草が主体となります。一部グラスサイレージも入ります。
労働の中心は三男の斎藤拓美さんです。全国から毎年、大勢の研修生もやってきています。牧場内には、化学物質過敏症の患者用住宅、山小屋、クリスチャンの教会まであります。しかしこれは、斎藤さんが建てたものではなく、斎藤さんやここの自然に魅せられた人々が建てたものなのです。
斎藤牧場に牛乳プラント完成
斎藤牧場では、今年7月に牛乳プラントが完成しています。斎藤さんを応援している、中洞牧場の中洞さんのご協力がありました。このプラントがいまだに稼動していないのは、集荷組合であるホクレンとの話し合いがついていないためです。
◆一般市販牛乳の問題点◆
カタログ1999年11月第1週をご参照下さい。
-文責 西川栄郎-